職場の雑談が苦手な人の多くは、雑談を「面白い話題を提供し合う時間」だと思っている。この定義がまず重すぎる。辞書を引くと、雑談とは、さまざまな内容を気楽に話すこと、とりとめのない話とある。とりとめがなくてよいと最初から決まっている行為に、面白さの審査を持ち込んでいるのは自分のほうかもしれない。
この場面の短答
職場には、ほかの場面にない強みが一つある。同じ相手と繰り返し会うことである。初対面の場では使えない「前回の続きを聞く」が、職場では毎日使える。
「そういえば、あの話どうなりました?」。この一言は、話題の提供ではなく、記憶の返却である。先週聞いた引っ越しの話、直したいと言っていた自転車、子どもの発表会。続きを尋ねられた相手は、自分の話が覚えられていたことを知る。雑談の中身より、この事実のほうが関係に残る。
覚えておく量は、相手一人につき一つでいい。全員分の近況を管理する必要はなく、よく会う二、三人について一つずつあれば、給湯室の数十秒はもう怖くない。
場面の前提 — 繰り返し会う相手との数分
この記事が扱うのは、給湯室、コピー機の前、始業前の数分といった、同僚とのすれ違いの雑談である。時間は数十秒から数分。座らず、終わりは仕事が決めてくれる。長く同席するランチの会話は別の記事で扱い、顧客や商談相手への聞き方は営業の専門領域なのでここには含めない。
短い時間であることは、不利ではない。数分で終わると分かっている会話は、深く盛り上げる義務がない。続きは次のすれ違いに持ち越せばよく、この持ち越しこそが職場の雑談の形である。一回で完結させようとするから苦しくなる。
最初の一言
「そういえば、あの話どうなりました?」の「そういえば」が仕事をしている。いま思い出した、という体裁が、質問の重さを抜いてくれる。改まって「先日の件はその後いかがですか」と聞くと業務連絡になるが、「そういえば」から始めれば雑談の温度に収まる。
続きの在庫がない相手には、目の前の変化を使う。机に増えた観葉植物、新しいマグカップ、「髪、切りました?」。事実の確認から入れば、答えた内容が次回の続きになる。在庫は会話のたびに補充されていく。
避けたいのは、在庫がないからと時事や噂話を仕入れてくることである。準備した話題は披露になりやすく、披露は審査を呼ぶ。苦手意識の元になった「面白さの審査」を、自分から再現することになる。
続ける相槌と、一段だけの質問
続きを聞いたら、あとは相槌が主役になる。「へえ」「それで」「よかったですね」。短く受けて、相手の話の行き先を邪魔しない。相槌の並べ方は相槌の種類と使い分けに基礎がある。
もう一段聞くなら、質問は一つだけにする。「結局、引っ越し先はどっちにしたんですか」のように、相手が話した範囲の中から選ぶ。範囲の外から聞くと調査になり、数分の場面には重い。深く聞く型は深掘り質問の作り方へ渡す。
聞きそこねたときの修復も短くていい。「ごめんなさい、仕事の頭のままでした。いまの話、もう一度いいですか」。うわの空だったことを白状して聞き直すほうが、分かったふりで相槌を続けるより、次の雑談につながる。
切り上げ方 — 仕事への戻り方
職場の雑談の切り上げは、仕事に任せてよい。「じゃ、続きはまた聞かせてください」と言って持ち場に戻る。「続きはまた」は社交辞令ではなく、この記事の方法ではそのまま次回の予告になる。切り上げた地点が、次の雑談の開始地点である。
ミハタが二度目の電話で新しい話題を出さなかったように、雑談の上手さは話題の数ではない。前回を覚えていること。次の出社日、よく会う一人の続きを一つだけ、思い出してから家を出てほしい。
